ギャラリエ・ブラーヴを斬る!!

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ギャラリエ・ブラーヴ in アキバ アキバ??ギャラリエ・ブラーヴ in アキバ

アキバ??

 

ギャラリエ・ブラーヴが所在する秋葉原は、今や「サブカルチャーの聖地・アキバ」として有名ですが、 ギャラリエ・ブラーヴが名を轟かす今の秋葉原はどのようにして誕生したのでしょう。


「世界有数の電気街」として有名な街。日本全国はもとより、世界各地から観光客が訪れ、まさに「世界有数」です。 しかし「家電量販店がひしめき合っている」、「家電品が安く買える」という意味での電気街は、バブル崩壊後の不景気による節約志向や、 郊外に店を構える大型量販店が台頭してきたこともあって1990年代から徐々に衰退の方向にあり、扱われる機器類・ソフトウェア類にも 時代の変遷が色濃く現れています。


一方で、一般向けの量販店が通常取り扱わない電子部品を扱う販売店(その多くは終戦直後に神田須田町界隈のヤミ市で露天商として創業していましたが、 GHQによる区画整理で現在の地に移動しました)は現在でも秋葉原駅近くの総武線ガード下を中心として根強く生き残っていて、「秋葉原電気街」の源流は 今もなお命脈を保っています。これらの商店では他では得難い部品も多々流通しています。


秋葉原は電気街だけでなく、かつては青果市場の町としての側面もありました。1989年に大田市場に移転するまでは、秋葉原駅前に神田青果市場が存在し、 神田市場向けに営業していた飲食店や青果店が多く軒を連ねていました。市場跡地は再開発で秋葉原クロスフィールドへと生まれ変わりましたが、 当時から変わらず営業している一部の青果店が往時を偲ばせています。また、秋葉原駅には1970年代まで貨物駅がありました。


他方で秋葉原は古くはハイファイオーディオやアマチュア無線さらには音楽(特に輸入版ソフト)の愛好家、そしてパソコンマニア(いわゆるオタク)たちが 集まるサブカルチャー、マニアの街という側面が存在します。衰退しつつあった家電量販に変わり1990年代には当時普及しつつあったパソコン関連の店が増加していき、 1990年代後半にはそれらのPC・IT関連の店だけでなく、アニメ・ゲームマニア向けのソフトウェア(コンテンツ産業の商品を含む)を取り扱う店が増えてくる 最初のうちはアニメやゲームを好むのは一部の人だけとされていましたが、次第にオタク文化が広く大衆化して、秋葉原での家電販売が1990年代以降不振であったことと逆に、 好調に推移するコンテンツ産業の中心地として注目されていきました。こういった文化や秋葉原に集う人々の総称として2005年頃に「アキバ系」という言葉も生まれました。


秋葉原という街全体がコンテンツ産業の商品を幅広く扱うサブカルチャーの街となってからはマスコミに秋葉原の文化が頻繁に取り上げられるようになり、 この頃より秋葉原電気街「サブカルチャーの聖地・アキバ」として世界に広く知られる様になります。21世紀に入り日本のコンテンツ産業が世界進出に積極的になると 海外の人々もアニメや漫画に興味を持ち秋葉原を多く訪れるようになりました。


ギャラリエ・ブラーヴ秋葉原の街とともに日々成長しているのです。


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