初期伊万里タイプではあるが、楠木谷窯から「捻縁 縁紅中皿」
や古九谷色絵素地小皿類と共に出土している。
これにより、楠木谷窯では承応、明暦頃には最上手の古九様式
皿類と初期伊万里タイプの名残りを色濃く残している作品とが平行
して作られていたことが判る。
新旧様式が一つの窯で併存していたことを認識いただくため本品
を掲載した。

楠木谷窯出土、初期伊万里タイプ鳳凰文小皿 (有田町歴史民族資料館)

前図楠木谷窯出土中皿陶片とよく類似している伝世品である。周辺の捻りは27で出土陶片と
一致している。
表は紫陽花文が美しく描かれ、裏面はつなぎ唐草文を廻らせ、中央部に独特の銘がある。
この銘は藍九谷、色絵古九谷の最上手と言える中皿類に幾つか知られている。

径20.2cm 高台径14.2cm

捻縁 縁紅紫陽花文皿

楠木谷窯は藍九谷、色絵古九谷の最盛期作品類を製作している。
染付及び色絵素地で薄作り、高台径が大きい捻縁 縁紅の上手皿類が見られる。
写真は藍九谷最上手といえる捻縁 縁紅中皿陶片である。表には美しいつる草文が描かれ、
裏面にはつなぎ唐草文が廻らされている。
制作年代は承応年間頃を中心において考えられよう。

楠木谷窯出土、捻縁 縁紅つる草文中皿  (有田町歴史民族資料館蔵)


下部に紫釉で小さな花文様を表し、青、緑、黄釉で全面をうめている。
抽象的な文様構成であるが、黄釉の中に細書きで波文を表している。
裏面は黄釉に黒で花唐草文と角福銘が記されている。

古九谷が山辺田窯その他伊万里諸窯で作られていることは今日では確定的なことだが、その文様、
特に青手古九谷文様の由来については判りにくい。
多方面からの解明が望まれる。

径34.2cm 高台径17.7cm

青手波頭流水文大鉢


1640~50年代
四方皿の隅を一段入れて変化に富む形となる。
見込みを四方襷で地文にして半分を染付、もう半分を色絵する。周りには四隅に染付で絵を作り、
中には唐花を色絵している。窓絵をつなぐのは青海波と四方襷文。
裏の釉薬も美しく所々指跡が残る。

口径11.8x11.5cm 底径6x6cm 高さ2.5cm

地文唐花文隅入四方皿


(ロ)折縁で蛇の目高台小皿である。縁に唐草文、見込みに花文を描いている。
  作ぶりからみて、(イ)と同様に、正保時代頃の作と考えられる。
  色絵手法は明らかに古九谷様式である。

(イ)この色絵小皿の器形は上図(蛇の目高台輪花形小皿)左の出土陶片と殆ど共通している。
  出土陶片小皿との対比より見て、この小皿は正保時代頃の窯の辻窯作品と考えられる。
  色絵創製期と、その作風を考察出来る貴重な色絵小皿である。

径8.8cm 高台径3.4cm

径6.9cm 高台径2.8cm

(ロ) 花文折縁小皿

(イ) 宝紐と地文輪花形小皿

この窯の物原下層部には、寛永16年、19年銘共箱に入り伝世した鷺文小鉢、唐花文輪花形小皿(写真右)
と同類品が見られる。
その上層部、正保時代頃の作と思われる部分の物原層から蛇の目高台小皿が出土する(写真左)。
唐花文蛇の目高台小皿と器形が殆ど一致する色絵小皿が伝世する。

蛇の目高台輪花形小皿( 窯の辻窯出土 )

Kokutani

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「新集成 伊万里」-伊万里やき創成から幕末まで-
 《小木一良(おぎ いちろう)著》より引用

 
小木氏より特別にご了承頂き掲載させて頂きました

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承応貳才銘 五三桐文方形小皿

辺径13.7cm

古九谷の中で、紀年銘のある作品は承応2年銘のものが数種類知られている。この方形小皿もその1つであ
る。
承応貳才銘が製作年代を示すものであろうことは近年の発掘調査、その他の進展により明らかにされてきた
が、本書に始めて掲載した194柏葉形丸文小皿が慶安4年銘共箱に入り伝世していることと対比考察すると、
承応貳才銘が製作年代であることは一層確実と言えよう。
両者からみて、慶安4年~承応2年(1651~53)、即ち1650年代前半にはつけ高台の上手小皿が作られて
いたことが判る。
伝世品共箱紀年銘と承応貳才染付銘はつけ高台の古九谷色絵皿製作年代を考察する上で非常に重要な物
証である。


地文六窓花山水文金銀彩皿

径20.6cm 高台径12.6cm

赤に金銀彩を多用している。類似伝世品が多いので、
この頃流行をみた作風であろう。
いずれも銀彩は黒く変色している。

瑠璃と白磁をかけ分けにして、色絵で放射線状文と
唐花文を美しく描き、金銀彩が併用されている。
この色絵小皿は一般に松ケ谷の範囲に入るもので
はなかろうか。
元々、松ケ谷の定義自体が不鮮明であるが、この小
皿は大体その概念の中に入るものと思われる。
この小皿には金銀彩が施されている。従って製作年
代は明暦後期、万治から以降と考えられる。
少数例で全般を云々する訳にはいかないが、この小
皿からみて、松ケ谷手は盛期古九谷に次ぐ時代に作
られた様式とみて良いのではなかろうか。
松ケ谷手皿の製作年代考察の上で、その金銀彩併用
品の検索は重要な要素になると思われる。

瑠璃白磁 唐花放射線文色絵金銀彩変形皿

長径15.7cm 短径13.7cm

この2点には色絵、染付に金銀彩が併用されている作品類である。
初代柿右衛門と言われる喜三右衛門の「覚」によると、金銀彩は明暦時代末期に開発されたと伝えられるが、伝
世品類をみるといずれも明暦時代初期頃からと思われるもので、承応時代以前と思われる色絵、盛期古九谷類に
は見出し難い。
金銀彩併用の器物は明暦時代以降の作とみて良いと思われる。


梅花雲散文手付水注

高さ22.5cm

寛文期色絵を考察する上で、欠かすことの出来ない作品
の1つである。同類品で1671(寛文11年)銘付属器物の
あるものがソーゼニンス氏により明らかにされたからであ
る。
寛文中~後期色絵の作ぶりを知る上で貴重な基準品とな
るものである。


地文瓢形白ぬき花鳥文小皿

長径16.4cm

変形皿全面に赤で地文を描き、瓢形と丸形3つを白ぬ
きでとり、その中に花鳥文を配している。裏面は簡単な
文様と中心部に銘が赤で印されている。
乳白手素地の柿右衛門様式に近づいた作風が感じられる。


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© ギャラリー安原 All rights reserved

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この参考陶片は猿川窯出土の素焼き品である。
器形からみて、上手素地であり、松ケ谷手小皿の素地
ではないかと推測される。
この素焼き素地からみて、1650年代に猿川窯などで、
上手作品の1部は素焼き焼成されていた可能性が伺わ
れる。
上記の小皿も素焼き焼成されていると考えられる。

長径16.7cm

流水白ぬき三鷺文変形小皿

呉須染めに流水と三羽の鷺を白ぬきにして美しく表現
している。
非常に上手作ぶりであり、猿川窯作の可能性が高いと
思われる。



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